ISBN:978-4766426342 悲しい曲の何が悲しいのか:音楽美学と心の哲学
先ほど、対象がもつダイナミックさは、その対象がもつ音色・音高・音量、また、色や形といった 非美的性質によって決まると述べていた。美的性質も、非美的性質を部分としてもつような全体の関 係としての特徴であり、それを捉えるためには、全体のまとまりを捉えるゲシュタルト知覚が必要だ と考えられることが多い (Kivy 1968; Seruton 1974: chap. 3; Sibley 1965, 1968; Wallton 1970)
この用にしたがうと、美的性質の実在論とは、美的性質は人間によって経験されてもされなくて も、それとは無関係に存在している性質だと主張する立場になる。他方で、 美的性質の反論は、 美的性質は何らかの意味で人間に依存する (人間が作り出したものだと主張する立場になる。37
主観主義をこのように批判するだけでなく、ゼマッハは、現実に美的判断に相違が多いことを客観 主義の枠内で説明するために、「標準的観察条件 (standard observation condition)」 という考えを導入する。 それをごく簡単にいうと、適切な美的判断を下すためには適切な観察条件を満たさなければならない、 ということである。46
こうした道具立てを導入した後、「ゲルニカ式」の思考実験が展開される。それは次のようなもの だ。ある仮想の社会では、絵画という種類の芸術は確立されていないが、ゲルニカ式と呼ばれる種類 術が存在している。そうしたゲルニカ式の作品は、すべてピカソの《ゲルニカ〉と同じ色や構図 をもっているが、それぞれの表面の形が異なり、あるものは表面がうねっていたり、別のものは表面 かぎざぎざになっていたりする。こうした社会においてピカソの《ゲルニカ》は、絵画ではなくゲル ニカ式の作品として知覚されるだろう。
ウォルトンは、正しいカテゴライズの基準として以下のものを挙げている。 1 標準的とみなされる特徴をなるべく多くし、反標準的とみなされる特徴をなるべく少なくするカテゴライズ。(2)作品をより興味深くし、鑑賞によって得られる美的な快をより増やすようなカテゴライズ。 1 制作者が意図したカテゴリーへのカテゴライズ。4作品が制作された社会で認められているカテゴリーへのカテゴライズ。
実のところを情動重視する美的経験の理論は目新しいものではない。 その手の考えは「情動主義 Cemotivism/sentimentalism)」と呼ばれ、有名なところでは十八世紀のフランシス・ハチスンやデイヴィ ッド・ヒュームまでることができる。
情動の身体反応を重視する説として一番有名なのは、「恋しいから泣くのではない、泣くから恋しいのだ」という言葉で有名なジェームズ・ランゲ説 James-Lange theoryだろう。この考えは情動に関する常識とは正反対 であるからすると、身体反応は情動によって引き起こされるものに思われるだろう。ま 恐怖が生じ、それが身をすくませると考えられるのだ。しかし、ウィリアム・ジェームズとカー ル・ラングは(それぞれに、最初に身体反応が生じ、それが意識に現れたものが情動だと主張し たのである。 一つめの注意点は研究動向に関するものだ。実際のところ、この手の実験は、ニュールック心理学 が行っていた一九六〇年代頃と、認知的侵入が再注目されるようになった近年には多いが、心のモ ジュール説が人気だった一九八〇年代にはあまり行なわれていない。
合目的性の鑑賞